2018/02/04『前の一枚を超える』

Bykozoji

2018/02/04『前の一枚を超える』

この歳(今年で50歳を迎える)になって気づくことがたくさんあり毎日が新鮮でなりません。
 
この節分に向けて今年もたくさんの木札を書きました。もう何十年もやっているいつもの作業です。20歳のころ、高野山で習った書き順は、まず滲みを防止するために薄ら白いチョークで目止めをして、そこに鉛筆で中心線を引く。呼吸を整えてから、先ず先頭の梵字から心を込めて書いていく。そして呼吸を止めずゆったりとした気持ちで一気に残りの文言を書き終え、水引でグッと締めて完成……こんな流れを学びました。
 
今でもこの書き順は馴染んでいます。しかし徐々にチョークも鉛筆線もいらなくなり、どんどんスラスラ書けるようになっていきました。それでも去年の木札をみるとなんとなく納得がいかない。書きためて置いた物はやっぱり気にくわないので新たに申込み分を書く作業が延々続きます。
 
上手に書きたい……この一念のくせに「早く終えたい」という気持ちが併走してきます。そんな時はあえてスローペースでジックリ書いてみます。筆をゆっくり運びすぎると今度は滲みが出てきます。するとまた速度を上げていきます。文字の収めも慣れてくるとクセがキツくなってきます。ハネやはらいは「どや!」みたいな大袈裟な個性が顔を出す。書いた瞬間は快感が込み上げますが、後で見るとゾッとするくらい嫌な主張をしている。リズムと勢い、丁寧さと速度、略字と本字……たった一枚の木札にさまざまテーマが凝縮されています。しかもそれは人手に渡るのですから、すべてが清書なのです。
 
今年、書きながら気づいたこと……それは「前の一枚を超える」という意識です。上手く書くのは当たり前、そのレベルをキープしながら何かが不足している。それはモチベーションだと気づいたのです。例えば100枚をすべて納得のいくパーフェクトな仕上がりにしようするから、気の遠くなるような想いで苦痛と闘いながらチャラチャラと書いてしまう。
 
「千里の道も一歩から」ではありませんが、とにかく前の一枚より上を目指す。技術的な向上が難しいと感じたら、より丁寧に筆を運んでみる。この意識で今年は大きく変わりました。一日に決めた数を書き終えて、最初と最後に一枚を比べてみるとどちらも誤差はなく、現段階で納得のいく仕上がりとなっていました。
 
目指すという感覚も「距離と密度」を極めれば過去の自分を超えられる。それは日常のちょっとした作業の中で見出せる宝石なのだと思います。
 
【ご案内】2月19日(月)に福岡で行われる、第2回風ふく寺子屋『日常生活に役立つ空海さんのおしえ』ではこのような内容をさらにディープに説いていきます。もちろん当寺の縁日(毎月7日と27日)でもしっかりと説いていきますので、ぜひ一度お参りください、