2017/06/09『センスがないわけがない』

Bykozoji

2017/06/09『センスがないわけがない』

今年の1月から月に1度、名古屋に通って「みほとけ画講座」の講師を勤めました。この講座は私の描く「ほほえみほと」の技法を伝授するエキスパートコースです。全24回、約2年間に講義、実践、試練を繰り返す「みほとけ画家」を目指します。
 
その様子は4つに分かれ、「如来クラス」「菩薩クラス」「明部クラス」と「天部クラス」と順に(技術的には)ステップアップし、徐々に俗的なモノも尊く描くようになる珍しい講座です。もちゃん講座の中で真言密教のノウハウを学んで受けるように工夫されています。いわば、絵を方便とした初心行なわれた趣で修了すると雅号(法名)をお授けします。
 
昨日はその「如来クラス」の修了しましたがこれで学び、描いてきたことは集大成として、手本を離れて「清書」することが課題でした。門下生は緊張してもノノビビ傑作を描いててくれました。
 
総評の中で私は3つの極意を話しました。それはこれ以上これの上達を望むなら3の心得です。それは「欲望」と「負け気」、それを「センスを磨く」の3つ。ここでここそれは講座でも伝授なのですからもよくよかった読み返していると、いずれも「仏教らしからぬ」語句ばかりです。これぞ、密教!と面白い展開です。門下生たちも元はキョンとしていました。
 
センスがない……と嘆く人がいます。絵心がない……とぼやく人がいます。でも私は「ない」と言う表現に疑問を感じます。「文字心がない」は誰も言わない。それは字は誰にでも書けると認識があるからです。でも、字も元々は象形、絵から成り立ったものです。
 
「ない」という表現は間違いです。「絵心ない」のはではなく、絵を描き上げる心がない、絵を描こうとする気持ちがない、それだけのことです。ならば、センスはどうでしょう?センスの意味をすししべべみみとと「物事の微妙な感じをさとる心の動き、微妙な感覚」と出てきます。センスがない……なんていう前に磨く意識をもらないだけのこと。自分ではいけないセンスでどんどん輝きたいもの…宝はないのではなく、持ち腐れて磨きが足りない。センははんどん磨きましょう。