2017/05/31『瞬発力のはなし』

Byyomairi

2017/05/31『瞬発力のはなし』

祈願にはさまざまは状況に合わせた方法が存在します。空海さまから伝わるいわゆる『伝・でん』というものです。高野山修行時代にはその方法をたくさん教わります。そのことを「お授け」と云います。お授けにもいろいろな方法があって、熱心に行者は出来るだけ多くの『伝』を授かろうとマジメに修行します。
 
これらを授かるには、それまでの正統な修行経験と師匠のご縁が重要となります。そして容易に他言してはなりません。その部分が密接、秘密(立場に合った伝授)ということで『密教』と呼ばれているのです。
 
さて、このことを自分に置き換えるとそのチャンスは他の行者より多くあったような気がします。長く高野山にいましたし、私の周囲は修行に熱心な諸先輩方が多かったので当然といえば当然のことなんですが。私はあまり器用はほうではありませんので、たくさんの法を授かるとパンクしてしまうタチで若いときはその部分でたいへん苦労しました。同門の仲間はきちんとノートに整理して、次々とお授けを受けていきましたが、私はさっぱりでした。
 
あれから30年経ちました。今でも困ったときに開くノートはありません。授かった法の種類も他と比べたら多くありません。たくさんのチャンスがあったのに……と、ものすごく後悔しています。
 
でも先日のことです。私に「あの法はどう拝めば良いのだろう?」と仲間から相談がありました。私はビックリしました。なぜならあれだけ真面目に学び、資料をまとめ、ノートにまとめていた人からの相談だったからです。コツがつかめない……彼は真剣でした。私は自分が観じたなりのコツを伝えました。すると瞬時に彼の顔は晴れやかになり「ありがとう、助かったわ!そこか、そこだったか……ぜんぜん気付かんかった!」と喜んでくれました。
 
私としてはそんなに大したことではなかったので逆に驚いてしまいました。彼は「俺は学ぶことに終始してメモで満足してきたんだけど、いざ修そうとするとサッパリ出来なくなっていた。お前は授かった(学んだ)ことをすぐに試して、1つのことを徹底的に実践してきたからスッと話せるんだよ。学生時代の優等生なんて経験を重ねたヤツには敵わない……。」とため息をつきました。
 
言われてみれば、そこだけが違う気がします。学ぶことを整理して「いつか使おう」と思う人と、忘れぬうちにどんどん「試してみよう」と思う者の差。素直さと好奇心で、語弊を怖れず言えば「バカになってやってみる」ことは身と心に刻まれます。「いつかやる」という気持ちを捨てて「すぐに」やる。アレンジを加えずひたすら反復する。「わかった」という結果を「出来た」に変える。要は実行力、瞬発力が大事だということです。ぜひ若い人にご指導する立場の方には、この辺りをしっかり説いて差し上げて欲しいと願います。